カエルの合唱を可視化する研究の話

ハイラブルは「カエルの会社」と呼ばれることがあります。

これは、ハイラブルという社名が、共同創業者の私が大学でカエルの合唱の研究をしていたことに由来しているので(リンク)、どのプレゼンでもカエルの話から始めることで印象に残っている方も多いようです。 今回は、6月6日がカエルの日なので、それにちなんでカエルの合唱研究の話を書きたいと思います。

ちなみに、今回の話は私の博士論文[1]と投稿論文[2]がベースになっています。詳しい話はそちらからどうぞ。

(執筆:代表取締役 水本武志)

なぜカエルの研究を始めたのか?

よく「カエルが好きで研究はじめたんですか?」と聞かれますが、違います。はじめはカエルに興味はなく、触ることも出来ませんでした。
元は、人と合奏する共演者ロボットの研究をしていました。これは音の処理とロボットが組み合わされた、ロボット聴覚と呼ばれる分野でした。

カエル研究の始まりは、ある日、指導教員の奥乃博先生から「よその研究室で、カエルの音声収録で困っている学生さんがいるからちょっと手伝ってあげて」とお願いされたことでした。そのときの「学生さん」が、生物の行動を数学的にモデル化している合原一究さん(本記事執筆時点で筑波大学准教授)です。彼は、物理や数学などを研究している研究室に在籍しており、音の研究をしている私とは面識がありませんでした。 さらに、私たちは物理学と音響処理の人たちであって、(当然合原さんは当時からカエルに大変詳しかったものの、)いわゆる生物学の専門家がいなかったのも新しい発想が着想できるという意味では良かったかもしれません。

合原さんからニホンアマガエル(学名: Hyla japonica)の合唱研究について教えてもらった後、私は「録音するだけなら別にそんな難しくないやろ」という、大きな勘違いをしてしまったのです。ここから、今につながるカエルの合唱研究が始まります。

ニホンアマガエルの後ろ姿(撮影:水本)

明らかにしたかったのは、「カエルが合唱するとき、コミュニケーションにルールはあるのか?」ということです。 すでに室内に2匹のカエルを連れてきて鳴く様子を録音すると、彼らが交互に鳴くことはわかっていました。しかし、野外でどんな鳴き方をしているのかは不明でした。

自然環境では、カエルたちは田んぼ合唱します。主にメスと交配するためにオスだけが鳴いており、次のような特徴があります。

  • 日が暮れてから鳴き始める
  • 水が入った水田に集まって、集団で鳴く
  • 1秒に4回ぐらい鳴く

ここから言えることは、「薄暗い中で、大量のカエルたちが、ものすごい頻度で鳴く」ということです。 これでは、人の耳で聞き分けるということはほぼ不可能です。そのため、私たち音響信号処理の研究室に相談が来たというわけでした。

田んぼでの録音を始めて直面した問題

さっそく録音機材を持って大学の実験水田に行ってみたところ、フィールドは甘くないことがわかりました。

1. うるさい

当然ですが、屋外環境は雑音がとても大きいわけです。目的のニホンアマガエルだけでもたくさん鳴いている上に、ツチガエルなどの他の種類のカエルや、オケラなんかも鳴いています。そのため、適当な場所にマイクを置くだけでは全然カエルの声が収録できませんでした。

2. 近付くと鳴き止むし逃げる

こういうときに最も良い解決策は、マイクを音源に近づけることです。 しかし、当然彼らも生存競争を生きているわけで、私たちのような怪しげな人間が近づいたら鳴き止んでしまうし、逃げてしまいます。

3. 機材の運用が大変

さらに、電源確保や防水対策が問題になります。電源は、幸い実験水田の電源を使わせていただけたのでその場では解決しましたが、これではいろいろな水田には行けません。さらに、防水対策として水田から機材を離して、マイクケーブルを伸ばして収録すると、毎日何メートルものケーブルに付いた泥を掃除する力仕事をやり続ける必要がありました。

その上、こうして苦労して収録した音声を使っても、なかなかカエルの音声を安定して収録するということができませんでした。

音を使わない合唱の計測手法:カエルホタル

そして、カエルチームで議論していて思いついたのが、「光で音を観測する」というアイデアです。

最初は、「アマガエルに鳴くと光るLEDをつけてあげれば、カエルがホタルみたいに光るからカメラで見えるんじゃない?」というアイデアでした。結局、アマガエルは装置を装着するには小さすぎるので、音が鳴ると光るカエルホタルを地面に並べることで合唱を可視化する、というアイデアが生まれました。

数個の電子回路を試作してみたところ、きれいに鳴くタイミングを可視化できそうだったので、たくさん作って実験することにしました。夕暮れになる前に田んぼに並べておけば、あとはビデオカメラで光るパターンを撮影すれば、鳴く位置と時刻がわかるというわけです。

カエルホタル

これで、問題だった3つの課題が解決しました。
1. うるさい
それぞれのカエルホタルの感度を調整することで、近くのカエルの声にしか反応しないようにすれば、光っているかを見るだけで、そのカエルホタルの周囲に音があるかどうかがわかります。このように感度を下げることでうるさい状況を解決しました。
2. 近付くと鳴き止むし逃げる
静かに光るデバイスを田んぼに並べておけば、あとは人間は遠くで観察していればいいので、カエルに驚かれることもありません。実際、並べている途中は鳴き止んでいますが、離れてしばらくすると近づいてまた鳴き出します。
3. 機材の運用が大変
充電池で動くカエルホタルを地面の上に並べて、ビデオカメラで撮影するだけなので、ほとんどモノが汚れません。 さらに、それぞれを接続する必要がない分散システムになっているので、連携を気にする必要がありません。 こんなふうに、とても簡単に運用できるようになりました。

カエルホタルを地面に並べる様子

ポイントは、合唱を計測する問題が「雑音中の音声を見つけ出す問題」から、「映像中の LED の光るパターンを見つけ出す」という画像処理の問題に置き換えられたということです。これによって、処理もシンプルになりました。

下の図が、実際に合唱を計測した例です。横軸が時間(秒)、縦軸が位置を表しています。図中の黒い線はカエルが鳴いたタイミングを表しています。隣り合うカエルたちが交互に鳴き交わしている様子がはっきり見えています。合唱をカエルホタルで可視化している動画は[5]のリンクから見れます。

合唱パターンの例([1] の Figure 6.14 より引用)

カエルの合唱から分かったこと

こうして、私たちカエルチームは、合唱の計測体制を整えて、大学以外のいろいろな場所の田んぼの鳴き声を計測していきました。

離島で合唱計測をしたときの集合写真 (2011年)

その結果、大きく分けて2つの成果が得られました[3]

  • 「田んぼのようなうるさい環境でも、隣り合うカエル達が交互に鳴く」という現象を発見した
  • この現象を説明する、カエルの位置と鳴き交わしの関係を組み込んだ数学モデルを提案した

この結果は、当時は注目もされ、新聞報道などもされました(京都大学プレスリリース)

その後の展開

カエルホタルによって合唱の計測ができるようになりました。しかし、カエルの合唱で分かっていないことはたくさんあるので、まだまだ研究は続けられています。

たとえば、最初に合唱はメスと交配することが目的であるという説明をしましたが、メスのカエルが好むような合唱パターンはあるのでしょうか? 論文 [4] では、少し大きめの種のカエルを使って、メスのカエルにLEDをくくりつけてメスの動きを追跡できるようにします。この仕組みで、メスはどんな合唱パターンに寄っていくのかを調べています。

あるいは、田んぼにはニホンアマガエル以外のカエルもいますが、彼らは種間のコミュニケーションはしているのでしょうか? 論文 [5] では、ニホンアマガエルと、シュレーゲルアオガエルを聞き分けて別の LED の色で表示する新しいカエルホタルを使って、種間のコミュニケーションを調べています。


ハイラブルでは、このような人間の言語を使わない動物のコミュニケーション分析のアプローチを活用しながら、話し合いを分析するサービスを運営しています。また、本当に動物のコミュニケーションを調べるプロジェクト Project Dolittle もはじめました。 このように、カエルの研究は続いていますし、私たちはこれを活用した様々なコミュニケーションの課題に取り組んでいきます。

参考文献

  • [1] Takeshi Mizumoto: “Temporal Synchronization among Interacting Individuals in Human-Robot Ensembles and Frog Choruses”, PhD Thesis , Feb. 2013.
  • [2] Takeshi Mizumoto, Ikkyu Aihara, Takuma Otsuka, Ryu Takeda, Kazuyuki Aihara, and Hiroshi G. Okuno: “Sound Imaging of Nocturnal Animal Calls in Their Natural Habitat”,Journal of Comparative Physiology A, Vol. 197 No. 9, pp. 915-921, 2011. doi: 10.1007/s00359-011-0652-7
  • [3] Ikkyu Aihara, Takeshi Mizumoto, Takuma Otsuka, Hiromitsu Awano, Kohei Nagira, Hiroshi G. Okuno, Kazuyuki Aihara: “Spatio-Temporal Dynamics in Collective Frog Choruses Examined by Mathematical Modeling and Field Observations”, Scientific Reports 4, Article number: 3891 (2014) doi:10.1038/srep03891
  • [4] Ikkyu Aihara, Phillip J. Bishop, Michel E. B. Ohmer, Hiromitsu Awano, Takeshi Mizumoto, Hiroshi G. Okuno, Peter M. Narins, and Jean-Marc Hero: “Visualizing Phonotactic Behavior of Female Frogs in Darkness”, Scientific Reports 7, Article number: 10539 (2017) doi:10.1038/s41598-017-11150-y
  • [5] Hiromitsu Awano, Masahiro Shirasaka, Takeshi Mizumoto, Hiroshi G. Okuno, Ikkyu Aihara: “Visualization of a chorus structure in multiple frog species by a sound discrimination device.”, J Comp Physiol A Neuroethol Sens Neural Behav Physiol. 2021 Jan;207(1):87-98. doi: 10.1007/s00359-021-01463-9

この記事を書いたメンバー

水本武志

ハイラブル株式会社代表。カエルの合唱や人のコミュニケーションの研究が専門。 あらゆるコミュニケーションを調べたい。最近生物研究プロジェクト Project Dolittle も始めました。