【転載記事】Vol. 11 会話の哲学:会話に対する解像度が上がる考え方

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社会環境が複雑になる中で企業活動におけるコミュニケーションの重要性は増加し、その質の向上が求められている。一方で、テレワークの普及や働き方の変化に伴い、会議・議論・相談といったコミュニケーションは、これまでの対面中心からオンラインやその混合にまで多様化しこれまで通りの運営は難しくなっている。シリーズ「会議が見える〜音環境分析でコミュニケーションを豊かにする〜」では、これまで7万人以上の話し合いを分析してきた音の専門家が会議を解説する。今回は、『会話を哲学する』(三木那由他著、光文社新書、 2022年) を元に、会話の解像度を上げる考え方を紹介する。
そもそも会話とは何なのか?
私たちが音声で会話するとき、いったい何をしているのでしょうか?
主流の考え方は、「会話とは意図や情報を相手に伝えること」です。実際、書店では、伝え方の重要性を説く本や、会話を通して相手を操るテクニックに関する本、顧客の情報をうまく受け取るテクニックを紹介する本がたくさん売られています。
それに対して本書では「会話では情報を伝える以外のことが行われている」と主張しています。具体的にはコミュニケーションマニピュレーションという要素があるとしています。コミュニケーションは「発言を通じて話し手と聞き手のあいだで約束事をつくること」であり、マニピュレーションは「発言を通して話し手が聞き手の心理や行動に影響を与えること」です。そして、主流の考え方は会話をマニピュレーションとしてしか見ていないというのです。
図1 会話の概念図
言い換えると、主流の考え方は会話は「情報をバケツリレーのように伝えている」と見ており、本書の考え方は「お互いの約束事を積み重ねている」と見ています。このように考えないと説明できない会話がたくさんあるというのです。
それはどのようなものでしょうか。
約束積み重ねってどういうこと?
その前にまずは、コミュニケーションで行われているという「約束の積み重ね」がどのようなものかを説明します。本書では幅広いフィクション作品を題材にそれを解説していきます。引用している作品には、シェイクスピアの戯曲『オセロ』や小説『勝手にふるえてろ』(綿矢りさ著、文春文庫、2021年)、漫画の『うる星やつら』や『魔人探偵脳噛ネウロ』などがあります。
これらの説明は本を読んでいただくことにして、ここでは筆者が考えた同僚を飲みに誘う会話で約束の積み重ねについて説明します。左側が発言で、右側が約束です。
図2 模擬会話例
左側の会話を通して、A と B の間で右側にあるような約束事が積み重なっていきます。これのどこが約束なのでしょうか?それは、約束を破ったとして行動を考えるとよくわかります。
[約束1] を破る
  • B:この前は誘ってくれてありがとう。今度飲みに行こうか
  • A:嫌だよ
  • ⇒ A は B と飲みに行きたがっているはずだったのに、B から誘うと断った
[約束2] を破る
  • B:Aが誘った日に一人で飲みに行ったよ
  • ⇒ B は飲みに行けないはずだったのに、飲みに行っていた
[約束3] を破る
  • A:どうしてこの前、俺と飲みに行かなかったの?
  • ⇒ AはBが飲みに行けないと知っているはずなのに、もう一度聞いている
それぞれの約束を破る会話にしてみると、2人に違和感を感じたはずです。もちろん何らかの事情があるかもしれませんが、逆に言うと約束を破るには何らかの事情が必要になるのです。これがコミュニケーションを通して「約束を積み重ねている」という意味です。こうした約束を通じて会話の文脈が作られていきます。
マニピュレーションは言外の意図を伝える
では、マニピュレーションはどうでしょうか。コミュニケーションが声を出して約束を重ねるのに対して、マニピュレーションは副音声のように声に出さずに意図を伝える行為を表します。
たとえば、映画で警備員が賄賂を渡されたあと、「ここは通るなよ。ただし、5分ぐらい見回りに行くから無人になる」というシーンがあったとします。このとき、コミュニケーションとしては「ここを通さない」という警備員の責任を果たす約束をしていますが、さらに「持ち場を離れる」と言うことで、言外に「その間に通って良いよ」と言っているわけです。
ほかにも、シェイクスピアの『オセロ』では、イアーゴーという登場人物が、王に対して、「あなたが信頼しているあの家臣は信頼できるのでしょうか。私にはわかりません。」と何度も質問を繰り返すことで、王が信頼している気持ちを揺るがす操作をします。ここでも「家臣は信頼できない」という言葉を一度も発すること無く、家臣の信頼を揺るがすように操っているのです。
会話の解像度を上げる
このように会話をコミュニケーションとマニピュレーションで捉えると、会話のメタ認知が促され、より高い解像度で会話を理解できます。このフレームワークを使えば、会話をしながら「今どんな約束がされたか?言外にどんな操作をしようとしているか?」を考えられるからです。
さらに、このフレームワークで会話を捉えると、ハラスメントや差別意識も理解できる可能性があります。本書でも、重ねられた約束事を権力で一方的に破るシーンや、言外に他者への差別を煽るシーンが紹介されています。こうした構造を知っておくと、互いを気遣う豊かな会話に発展することができるようになるでしょう。
今回紹介した書籍『会話を哲学する』では、分析哲学を使って会話を考えるという、一見抽象的で難解なアイデアが、さまざまな作品の会話を引用しながらとてもわかりやすく紹介しています。読み物としても楽しいのでぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
ニッキンONLINEプラス2023年10月30日掲載 (リンク)

この記事を書いたメンバー

水本武志

ハイラブル株式会社代表。カエルの合唱や人のコミュニケーションの研究が専門。 あらゆるコミュニケーションを調べたい。生物研究プロジェクト Project Dolittle もやってます。

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